※ この記事は作成過程で一部AIツールを活用していますが、運営者独自の視点や考察を交え、責任を持って内容を確認・編集したうえで公開しています。
『天は赤い河のほとり』には、魅力的なキャラクターがたくさん登場します。
その中で、主役級じゃないのに、なぜか忘れられない人たちがいるんですよね。
私が個人的に大好きな、脇を固める4人です。
策略で主君を守り続けたイル・バーニ。
義務を自分の意志に変えたザナンザ。
想うことだけを自分に許したルサファ。
最後の最後に剣を抜いたジュダ。
4人の名言を並べてみて、気づいたことがあります。
剣を握る人も、握らない人も。表舞台に立つ人も、立たない人も。
みんな最終的に見ていた場所は、驚くほど同じだったんです。
というわけで今回は、そんな4人の名言を、それぞれの”戦場”に注目しながら振り返っていきます。
※ネタバレあり
プロフィール|カイルを支えた4人
カイルのそばには、性格も戦い方もまったく違う4人がいました。
まずは、それぞれの立ち位置を簡単に紹介します。
イル・バーニ|策略で支える乳兄弟
- カイルの乳兄弟。代々元老院議長を輩出する貴族出身の王宮書記官
- 剣の腕はからっきしだが、弁舌と知略にかけては誰にも引けを取らない
- 弦楽器や歌唱にも長けた、意外な多芸多才ぶりを持つ
ザナンザ|信頼される異母弟
- シュッピルリウマ1世の第四皇子。カイルの異母弟
- 幼くして母を亡くし、カイルとともに前皇妃ヒンティに育てられる
- 母の身分ゆえ皇位には就けないが、カイルの理想を誰より理解する腹心
ルサファ|剣で支える近衛副長官
- カイルが信頼する三隊長の一人。弓兵隊隊長
- のちに近衛副長官として、ユーリの補佐を任される
- 上官からも一兵士からも、厚い信頼を集める人物
ジュダ|心優しき第六皇子
- シュッピルリウマ1世の末の皇子。ナキア皇太后の息子
- 母の思惑とは裏腹に、皇位継承の意志は持たない
- 兄と慕うカイルの力になりたいと願う、健気な性格の少年
人物相関図

イル・バーニ|剣を持たない男の戦場
カイルの側近というと、まず名前が挙がるのはキックリだったりザナンザだったりするかもしれません。
でも、カイルの理想をいちばん冷静に支え続けたのは、書記官のイル・バーニだったんじゃないかと思います。
「もとの世界を忘れるくらい 幸福にしてさしあげればよろしいではないですか」
カイルがユーリを国に留めながらも手を出せずにいたとき、イル・バーニはこんな皮肉を投げかけています。
「殿下は ひとりの女性を愛しぬくとおっしゃった あれはウソですか?…もとの世界を忘れるくらい 幸福にしてさしあげればよろしいではないですか」(#7巻)
カイル本人が言葉にできずにいた迷いを、側近が代わりに突いてしまう。
しかもこの一言でカイルは自分の本心に気づき、行動に踏み出します。
カイルより先に、カイルの心を見抜いている。
長年そばにいたからこそできる芸当なんだと思います。

主君の恋愛に口出しする側近って、なかなかいないよね。

口出しっていうか、ほぼ後押しだよね。
カイルが動けないのわかってて、わざと言ってる感じがする
「ユーリさまは 帝国とカイル殿下ご自身には代えられません」
ユーリが皇太后の私兵に追い詰められていると知ったとき、カイルは今すぐ兵を動かそうとします。
それを止めたのがイル・バーニでした。
「ユーリさまは 大切なお方ですが 帝国とカイル殿下ご自身には代えられません」(#10巻)
カイルにとってユーリがどれほど大事な存在か、誰よりもわかっているはずなのに、それでも進言する。
しかも、その直後に「皇太后の手にかかる前に、ご自分でお命を絶たれるように」とまで口にしています。
正直、初めて読んだときはひやっとしました。
ここまで言い切れる人、なかなかいないですよね。
でも、これがイル・バーニなんです。
感情に流されそうなカイルの前に立って、あえて憎まれ役を引き受ける。
「それが見られぬなら 生きているのも無意味」
その直後、ユーリを助けようと兵を動かそうとするカイルを、イル・バーニは剣を突きつけてまで止めます。
カイルから「剣ではまずユーリにも勝てんぞ」と呆れられながらも、彼はその剣を自分に向けました。
「殿下が即位されること そして めざしておられる治世は わたくしにとっても夢でした それが見られぬなら 生きているのも無意味 どうしても兵を動かすと おっしゃるなら お先に冥界の神(ネルガル)の元にまいります」(#11巻)
剣を持たない彼が、唯一その剣を向けた相手は敵ではなく自分自身でした。
カイルの理想が自分自身の夢でもあったから、それが崩れるくらいなら生きている意味がない――そう言い切れてしまう重さが、この一言にはあります。
「将軍は状況判断を誤る方ではないと存じておりますので」
エジプトでラムセスに協力を求めたときのやり取りも印象的です。
「わたしが敵国と手を組むと思うか?」と問うラムセスに対して、イル・バーニはこう返しています。
「はい 将軍は状況判断を誤る方ではないと存じておりますので」(#21巻)
持ち上げているようで、実は「あなたには他に選択肢がない」と静かに突きつけている。
ラムセスほどの人物を、ここまで自然に動かせるのは、彼の言葉選びの巧みさあってこそだと思います。
「わが帝国の場合――その心配もなく臣下としてはうれしいかぎりです」
ユーリを正妃に迎えると宣言した翌朝、閲兵式に眠そうな顔で臨むカイルに、イル・バーニはこう言っています。
「古来――ご寵姫との愛欲に溺れ 責務を忘れ 国を傾け滅ぼした王や皇帝の例は 数多くございますが わが帝国の場合――――その心配もなく臣下としてはうれしいかぎりです」(#23巻)
嫌味なんだけど、どこか楽しそうなんですよね。
策士としての鋭さの裏に、こういうユーモアがあるのがイル・バーニの魅力だと思います。
堅物一辺倒だったら、たぶんここまで好きになれないキャラクターです。
「剣を持つだけが 戦いではない」
ウルヒを追い詰める作戦の最中、まだ何も知らないアレキサンドラ王女は、女官が敷石の下から偽の書簡を持ち出そうとする現場に居合わせます。
王女が「大切なものだったんでしょ、ごめんなさい」と本気で謝ると、イル・バーニはニッと笑ってこう言いました。
「おわかりか アレキサンドラ姫 剣を持つだけが 戦いではない わたしたちには わたしたちの 戦場があるのです」(#23巻)
個人的には、これはイル・バーニというキャラクターの中でだけでなく、『天は赤い河のほとり』全体を通してもトップクラスの名言だと思っています。
派手さはないのに、この一言で彼の生き方すべてが説明できてしまうんですよね。
盗まれかけたのは偽物で、本物はすでに別の場所に隠してある――王女が慌てる必要など、最初からなかったわけです。
この台詞、単体で読んでも印象的ですが、ここまでの彼を振り返るとさらに重みが増します。
ユーリの手を国に留めるよう進言したときも、ラムセスを言葉ひとつで味方につけたときも、彼は一度も剣を抜いていません。
それでも、カイルの理想のために、誰よりも危険な橋を渡り続けてきました。

これ、ただの慰めの言葉じゃないよね

うん。“ わたしはこうやって戦ってきたんだ ”っていう、静かな宣言だと思う

剣を持つ者だけが戦っているわけじゃない。
この一言は、イル・バーニ個人の矜持であると同時に、この記事に登場する4人全員に当てはまる前提でもあります。
剣を実際に取ることになる3人の物語も、この言葉を頭の片隅に置きながら読むと、また違って見えてくるはずです。
「これは皇帝陛下も どなたもご存じないこと‼ すべては わたしの一存‼」
ウルヒを捕らえるため、イル・バーニはジュダを巻き込み、皇族の身に黒い水を無理やり飲ませるという強硬手段に出ます。止めに入ったフパシャ将軍に対して、彼はこう言い切りました。
「これは皇帝陛下も どなたもご存じないこと‼ すべては わたしの一存‼」(#25巻)
うまくいけばよし、失敗すればすべて自分の責任。カイルにも、他の誰にも累が及ばないように。
手柄は「ユーリさまのお手柄です」と譲るくせに、都合の悪いことだけは絶対に自分で抱える。
この非対称さが、イル・バーニの忠義のかたちなんだと思います。
<このとき、イル・バーニに捕らえられたウルヒは、最後まで頑なに証言を拒み続けます。
彼がなぜそこまでして口を割らなかったのか、そして自ら舌を噛み切ろうとしてまで守ろうとしたものが何だったのか――その答えは、ウルヒ自身の記事で詳しく紹介しています。>

剣の腕なら、正直ユーリの方が上かもしれません。
それでもイル・バーニを敵に回したくないと思うのは、この頭脳と冷静さがあるからです。
歌まで歌える多芸多才ぶりも含めて、憎まれ役を買って出られるところに、カイルとの積み重ねてきた信頼を感じます。
――では、実際に剣を取った者たちは、何のために戦っていたんでしょうか。
ザナンザ|義務を、自分の夢に変えた男
カイルの弟であり、腹心でもあるザナンザ。
冗談を飛ばして場をなごませる陽気さの裏に、誰にも見せない本音を抱えていた人だと思います。
「兄上 わたしはあなたの最愛の弟ですね…手放すなどとおっしゃいますな」
ユーリが連れてってと言っても、カイルは還す相手だとわかっているからこそ踏み込めず、感情を抑えて連れていかないと決めます。
「嫌われた」と思ったユーリは、ハディの胸で泣きじゃくりました。
ユーリの落胆と、好きなのに気持ちを抑え込むカイル。
両方を見かねたザナンザは、「兄上が手放したなら、わたしがもらいうけても不都合はないな」とユーリを連れ出し、ピクニックに出かけるという一芝居を打ちます。
慌てて駆けつけたカイルに、ザナンザはこう笑ってみせました。
「兄上 わたしはあなたの最愛の弟ですね しかも腹心の部下でもある そのわたしを殺しかねない形相でとんでくるくらい大切な女なら 手放すなどとおっしゃいますな」(#4巻)
からかいながら、兄の本心にちゃんと気づかせようとしている。
兄弟の距離の近さがよく出ている場面ですね。

「わたしはずっと兄上がうらやましかった」
でも、その裏側には別の顔がありました。
ナキア皇太后の「バラ色の水」に操られたザナンザは、ユーリを連れ去り、正気を失ったまま本音を吐き出します。
「わたしはずっと兄上がうらやましかった やさしい母君と約束された将来と 誰をもひきつける兄上の性格が ずっと妬ましかったんだ‼」(#3巻)
操られていたとはいえ、これが完全な作り話だったとは思えません。
ザナンザは幼くして母を亡くし、カイルの母ヒンティに育てられた身の上です。
正気に戻ったあとの彼は「あれがわたしの本心なんだろうか」と戸惑いを見せていて、この一言は、本人も気づいていなかった、あるいは気づかないふりをしていた感情だったんじゃないかと思います。
「側にいる以上に役に立ってみせます」
エジプト王妃アンケセナーメのもとへ婿入りすることが決まり、ザナンザは出発の朝、カイルにこう告げます。
「兄上 おてつだいすると約束しながら お側を離れること 許してください でも 兄上の理想は忘れていません…側にいる以上に役に立ってみせます」(#7巻)
短い言葉ですが、覚悟が詰まっています。
表舞台で兄を支え続けることを望んでいたはずの人が、自ら遠くへ行くことを選んだ瞬間です。
「誰と結婚しようと同じさ」
国境まで見送るユーリが「国のために会ったこともない女性と結婚するって、えらいね」と気遣うと、ザナンザはこう返しました。
「たったひとり 欲しいと思った女性が手に入らないなら 誰と結婚しようと同じさ」(#7巻)
このコマ、実はザナンザの表情が隠れて見えません。
明るく振る舞っていた彼の顔が、ふっと消えた瞬間だったんじゃないかと思っています。
「王妃を愛して幸福にするよ」
そのすぐあと、ユーリに「本気で愛してあげて」と言われたザナンザは、こう答えます。
「ありがとう ユーリ そうするよ 王妃を愛して幸福(しあわせ)にするよ そしてわたし自身 王妃と民から愛されて 幸福(しあわせ)になれるよう努力する」(#7巻)
さっきの「誰と結婚しようと同じさ」から、ここまでの距離は短いようで長いです。
やらされる結婚を、自分の意志で選ぶ結婚に変えた瞬間なんですよね。
誰かに強いられた運命を、最後は自分の言葉で引き受け直している。
ここがザナンザというキャラクターの、一番大事な転換点だと思います。

え、ちゃんと前向きになれたんだ。

うん、でも結局これが最後の希望になっちゃうんだよね……
「戦いを止めろ 兄上は平和を望んでいる」
けれど、この決意は長くは続きませんでした。
婚礼の道中、ナキアの刺客に襲われたザナンザは、毒を盛られてろくに動けない身体で、ユーリを逃がそうとします。
「行くんだ 戦いを止めろ 兄上は平和を望んでいる わたしもだ‼ だからこそ国を離れた‼ 皇妃の思いどおりにさせるな‼」(#7〜8巻)
そう言った直後、ザナンザはユーリをかばって槍を受け、命を落とします。
剣で戦う場面はいくつもありましたが、彼が最後に守ろうとしたのは自分の命ではなく、兄の理想でした。
エジプトに嫁いだのも、王妃を愛すると決めたのも、すべてはカイルが望む「戦いのないオリエント」のためだったんだと思うと、この最期は単なる悲劇では片付けられません。
死の直後、皇帝への直訴も、ナキアへの追及も、ユーリの必死の訴えも届かず、真相はうやむやのまま処理されてしまいます。
それでもザナンザが命を賭して繋いだ言葉は、確かにユーリとカイルに届いていました。
<この婚礼一行を、なぜナキアがそこまでして狙ったのか。その裏にあった、息子ジュダへの想いと帝国への野心がどう絡み合っていたのかは、ナキア皇太后の記事で詳しく振り返っています。>

――誰かのために命を差し出す覚悟を、もっと静かに、もっと長く抱え続けていた人がいます。次はその人の話です。
ルサファ|想うことだけを、自分に許した男
弓兵隊長から近衛副長官へ。
ユーリのすぐそばで、ルサファはいつも戦ってきました。
「ウルヒよ 他人の血だけでなく たまには自分の血も 流してみやがれ‼」
アリンナが皇太后の私兵に包囲されたとき、遠い安全圏から指揮するウルヒを射抜けないか、とユーリに指名されたのがルサファでした。
儀式用の三人引きの弓を、たったひとりで引き絞り、ウルヒの左目を射ます。
「ウルヒよ 他人の血だけでなく たまには自分の血も 流してみやがれ‼」(#11巻)
ヒッタイト一の射手という評判に、これ以上ないかたちで応えてみせたかっこいいシーンです。
この一射がなければ、ユーリたちはアリンナを抜け出せなかったかもしれません。
<このアリンナ包囲のさなか、ウルヒの悪事を証言する決意を固めていたのがウルスラでした。罪人として名乗り出た彼女が、その後どんな最期を迎えたのかは、ウルスラの記事で紹介しています。>

「…何も望んじゃいないさ だけど想うだけなら自由だろう」
有能な副官としての顔の裏で、ルサファには誰にも打ち明けるつもりのなかった想いがありました。
ユーリが正妃になるかもしれないと周囲が沸き立つ中、ルサファはひとりユーリのベールにそっと口づけていました。
それを見つけたカッシュに「ユーリさまは陛下のご寵姫だぞ」と咎められ、ルサファはこう返します。
「わかってる! 何も望んじゃいないよ‼…何も望んじゃいないさ だけど想うだけなら自由だろう」(#14巻)
手に入れたいとは言いません。それを願うことすら自分に許していないんですよね。
それでも、想うことだけは誰にも止められない――このぎりぎりの一線が、ルサファの恋のかたちなんだと思います。
「きっと… きっといつか おれは あの方のために この生命(いのち)を捨てよう」
無実の罪で「炎夏の秤」という過酷な刑に処されそうになったルサファに、ユーリは牢やぶりまで考えます。
実行こそされませんでしたが、刑の執行当日、ユーリは自身の近衛長官旗を叩き壊し、ルサファに口づけました。
「イシュタルよりの加護です、必ずもどってきなさい」と。
その口づけの瞬間、旗についていた黒曜石のナイフが、ユーリの口移しでルサファに渡されていたことをあとで知ります。
「あの時ーーーー…死んでもいいと思った きっと… きっといつか おれは あの方のために この生命(いのち)を捨てよう」(#17巻)
すでに、この時点で覚悟は決まっていたんだと思います。
「おれの副官としての役目は ユーリさまの考えを実現させることだ」
一方で、ルサファには少し不器用なところもありました。
ユーリの言うことなら何でも「御意」「御意」と従うばかりで、双子から「子供でも務まるわ」と呆れられてしまいます。
それでもルサファは言い返しました。
「うるせーな さわるなっっ」「今までに ユーリさまが間違ったことをなさったか⁉ ないだろう⁉ だから ユーリさまは 思いどおりに なさればいいんだ‼ おれの副官としての役目は ユーリさまの考えを実現させることだ」(#17巻)

YESマンなだけじゃなくて、ちゃんと理由があったんだね

絶対的な信頼、ってやつだよね。
盲目的な従順とはちょっと違う気がする。
盲信しているように見えて、彼なりの筋が通っている。
この不器用な一生懸命さが、ルサファの魅力だと思います。

「あれだけでわたしは どんな業火の中でも…」
ユーリの流産のあと、カイルの周辺にスパイがいることを知ったユーリは、ルサファにこのことを知らせに戻るよう頼みます。
ルサファは「ユーリさまおひとりをエジプトに残しては帰れません!」と一度は断りますが、ユーリの説得を受け、危険を承知で単独でエジプトを発つことになります。
見送りに来たユーリに「危ないこと頼んじゃって、ごめんね」と抱きしめられたとき、ルサファはこう思いました。
「もったいない… どうかお気づかいは ご無用に……(あれだけでわたしは どんな業火の中でも 荒れ狂う大海でも 喜んで渡ってゆける…‼)」(#20巻)
一度の抱擁だけで、どんな危険にも耐えられる。
多くを望まない人だからこそ、少しの想いがここまで大きな力になるんだと思いました。
それがちょっと切ないです。
「こういうのは あなたにとって よくないんだ」
ハットゥサでナキアの捜索が続く中、ルサファの前にエジプトからネフェルト姫(ラムセスの妹)が現れます。「我が家は代々軍人、強い男が好きなの」とまっすぐに気持ちをぶつけるネフェルトに、ルサファは戸惑うばかりでした。
「あなたがユーリを忘れられないこと知ってるわよ 忘れろなんて言わないわ…わたしは女神なんかでなく 生身の女としてあなたを愛したいのだもの」(#26巻)
「だ…だめだ できない!」と声を絞り出すルサファに、ネフェルトはなおも迫ります。
それでもルサファは、「こういうのは あなたにとって よくないんだ」と、自分の気持ちよりネフェルトの幸せを案じる言葉を返しました。
想うだけで満足してきた人の前に、正面から向き合ってくる相手が現れる。
ルサファは最後まで戸惑い続け、「気をまぎらわせるためでなく、抱いてくれるのを待ってるから」というネフェルトの言葉に、ただ赤面するしかありませんでした。
もし彼に別の未来があり得たとしたら、そこにいたのはネフェルトだったのかもしれませんね。
「焦がれて焦がれて」
24巻、タハルカの矢からユーリを庇ったとき、ルサファは心の中でこう思っていました。
「焦がれて焦がれて 触れることも望めぬほどの 不可触の女神ーーー‼ いつかユーリさまのために 死のうと決めていた」(#24巻)
その覚悟のままに迎えたのが、結婚式前日のことでした。
ナキアが自らの手で最後の凶行に及びます。
カイルを刺そうとした刃の前に、ルサファとジュダが飛び込みました。
深手を負ったルサファのもとに、ネフェルトが駆け寄ります。
「…さま …ユ…ユーリさまは… ユーリさまは お留まりか…?」
「いるよ! あたしはここにいるよ、ルサファ‼」と叫ぶユーリ。
ルサファはこう言い残します。
「殿下 末永くつかえよとの …お言葉… 従えぬこと …お許しください」
「ネフェルト姫 にお伝え …ください」「どうか… お幸せな一生 を……と 姫に…」
「ユーリさま… ユーリさま… タワナアンナの御位につかれるお姿を 拝見できず 残…念… ……」(#27巻)
焦がれて焦がれて、触れることも望めなかった女神。
想うことだけを、自分に許してきたルサファ。
何度読み返しても、ルサファの最後だけは慣れません。
生きてさえいれば、ユーリを忘れることはなくても、いつかネフェルト姫と穏やかに暮らせていたんじゃないか――そんな「もしも」を考えてしまうくらい、この結末は切ないです。

捧げられた、ひとふさの髪
結婚式を翌日に控えた夜、ユーリはひとり、ルサファの眠る神殿を訪れています。
「ルサファ? 明日…あたしは カイルの正妃になるよ 実感はぜんぜんないけど あなたが望んだタワナアンナになれるよう努力する」(#27〜28巻)
そう語りかけると、ユーリは自分の髪をそっと切り、ルサファに捧げました。
ルサファは、生きてこの日を見届けることはできませんでした。
それでもユーリは、彼が見たいと願っていた「タワナアンナになる自分」を、こうして報告しにきたんです。
<ここまでユーリが何を選び、何を手放してこの日にたどり着いたのかは、ユーリ自身の記事で振り返っています。>

――気持ちを抱えたまま、それ以上を望まなかった人がいる一方で、最後の最後に大きく踏み出した人もいます。
ジュダ|剣を抜くことも、決断のひとつだった
ナキア皇太后の息子として生まれ、皇位継承権を持ちながら、ジュダは最初から自分の立ち位置をよくわかっている少年でした。
最初にジュダを読んだとき、「本当にナキアが産んで、育てた子なんだろうか」と本気で疑いました。
それくらい素直で優しい子です。
権力争いのど真ん中にいながら、このピュアさを保てていること自体が、この作品の中では逆に異質なくらいでした。
「兄さまが皇帝になられた時に ぼくがお役に立てそうなの学問くらいですもの」
天文博士のもとに入り浸ってばかりのジュダに、カイルが呆れて理由を尋ねると、こう答えます。
「だって 兄さまが皇帝になられた時に ぼくがお役に立てそうなの学問くらいですもの 武官としてはザナンザ兄さまがいらっしゃるし 文官としては有能な側近方がいるでしょう」(#7巻)
自分にできることと、できないことを、この年齢ですでに見極めている。
ナキアの息子という立場にありながら、ジュダが見ていたのは最初からカイルの治世だったんですよね。

え、この段階でもうカイル推しなんだ。

うん。最初から、母親の思惑とは違う場所を見てた子だったんだと思う。
「兄さま!勝利は いただきます」
とはいえ、素直なだけの少年でもありません。
誰をエジプトに送るかを決める戦車競走で、ジュダはユーリに頼んでカイルへ薬入りのワインを飲ませ、自らも旗を狙って先頭に躍り出ます。
「兄さま! 勝利は いただきます」(#7巻)
結局この勝負はザナンザにさらわれてしまいますが、自分がエジプトに行くと決めたら、母の目論見さえ利用して動いてしまう。
そんなしたたかな一面が、すでにここに見えています。
「ぼくさえいなければ 母さまだって野望の持ちようがないのに…‼」
ジュダの出自を巡る噂は、王宮の中で徐々に広がっていきます。
金髪という特徴も相まって、「本当の父親はナキア皇太后の側近・ウルヒではないか」という疑いが、査問会の議題にまで上がってしまいました。
追い詰められたジュダは、ナキアの部屋でひとり、こう思い詰めます。
「ぼくはザナンザ兄さまのように カイル兄さまのお役に立ちたいとずっと願ってきた…なのに なのにぼくは存在(いる)だけで カイル兄さまのご迷惑になってしまう…ずっと前から わかっていた」(#25巻)
そしてナキアの部屋にあった毒を、自ら口にしてしまいます。
一命をとりとめたジュダは、意識を取り戻すと、なおも「ぼくさえいなければ、母さまだって野望の持ちようがない」と、自分を消そうとする言葉を繰り返しました。
それを一喝したのが、後の妻となるアレキサンドラ王女です。
「死ぬの生きるのと言う前に 殿下ご自身が しっかりなさっていれば母君の野望など無意味になるんじゃありませんの⁉ ジュダ殿下には皇弟殿下としての義務がおありでしょう 何もなさらず死のうとするなんて逃げるのと一緒です ひきょうですわっっ‼」(#26巻)
頬を叩かれ、真正面からそう言われて、ジュダはようやく我に返ります。
自分がいなくなることで母を止めようとするのは、結局のところ何もしないのと同じだった――この気づきが、彼をようやく動かします。
ふたりの息の合った様子を見たイル・バーニが、カイルに婚儀を提案するのは、この直後のことでした。

「母さまっっ‼」
物語の終盤、ナキアはジュダに向かって、自分を止めたければその手で殺すがよいと言い放ちます。
ナキアが「おまえがわたしに背くのか」と目を閉じたとき、ジュダは涙を見せながら叫びました。
「母さまっっ‼」(#27巻)
そう叫び、剣を向けます。
カイルに取り上げられ、未遂に終わりますが、これはもう少年の頃の「学問くらいですもの」とは別人の姿です。
母を止めるために、自分の手を汚す覚悟までしていた。
「兄上が…皇帝陛下が お認めくださった皇位継承権第1位ですが ぼくは永久に放棄します‼」
剣を止められたジュダは、ナキアに向かってこう続けます。
「あなたは生きているかぎり この帝国の仇となる‼…唯一あなたの血を継ぐぼくには その能力も その気もありません‼ 兄上が…皇帝陛下が お認めくださった皇位継承権第1位ですが ぼくは永久に放棄します‼」(#27巻)
「学問くらいですもの」と言っていたあの少年が、最終的に自分の手で、自分の立場そのものを手放したんです。
皇位という、剣よりずっと重いものを、自分から置いていく決断でした。
その後のジュダは、皇太后の監視役としてカルケミシュ知事に任命され、アレキサンドラ王女と結ばれます。
ヒッタイト帝国が本拠地アナトリアで滅びたあとも、カルケミシュを中心とする国家は数百年にわたって存続しました。
この振れ幅を見届けられただけで、ジュダを見てきてよかったなと思います。

イル・バーニ、ザナンザ、ルサファ、ジュダ――見ていた場所は同じだった
イル・バーニは、剣に頼らず、知略でカイルの治世を守り抜きました。
ザナンザは、自分の恋心を諦めることを、ヒッタイトとエジプトの平和のために選び直します。
ルサファは、想うことだけを自分に許しながら、その忠誠でユーリを、そしてカイルの理想を守り続けていました。
ジュダは、最後の最後に、母の野望からカイルの治世を守るため、初めて剣を抜くんです。
4人とも、戦い方はばらばらですが、並べて振り返ってみると、不思議とひとつの物語のように見えてくるんですよね。
彼らが見ていたのは、手柄でも、地位でも、恋の成就でもなく、カイルが目指す「戦いのない治世」、ただそれだけでだったと思います。
誰かひとりでも欠けていたら、カイルの理想はきっと実現しなかったはずです。
他のキャラクターの記事もありますので、よろしければご覧ください。





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