※ この記事は作成過程で一部AIツールを活用していますが、運営者独自の視点や考察を交え、責任を持って内容を確認・編集したうえで公開しています。
『天は赤い河のほとり』には、愛されるキャラクターがたくさん登場します。
でも、ナキアだけは少し違います。この人を「好き」と言う読者には、あまり出会ったことがありません。
正直に言うと、私は篠原千絵先生の作品が持つ、あのぞくっとするサスペンスの空気が大好きです。
私の中でナキアは、その怖さを一番体現している人物でした。
淡々と恐ろしいことを口にする、あの静かな怖さを、中学生の頃に初めて読んだ時から今もよく覚えています。
物語が進むにつれて、ナキアは何度も何度も企みを仕掛けます。
倒されても倒されても立ち上がってくる、あの執念には正直、感心すらしていました。
そして最後まで読み終えたとき、私の中に残ったのは「ざまあみろ」ではなく、もう少し複雑な、うまく言葉にできない感情でした。
読み終える頃には、ただの悪役では片づけられない何かが、きっと見えてくるはずです。
※ネタバレあり
ナキアってどんな人?
物語を通して「絶対に倒すべき敵」として描かれ続けるナキア。
まずは、彼女がどんな人物なのか、基本情報から見ていきましょう。
プロフィール
- バビロニア王家出身。ヒッタイト皇帝シュッピルリウマ1世の第三皇妃
- 太陽女神の大神官でもある
- ミタンニの侵攻からバビロニアを守るための同盟として、15歳でヒッタイトに政略結婚
- 側室時代は貴族の娘以下の扱いを受けていたが、前皇妃ヒンティを暗殺して皇妃の座に就く
- シュッピルリウマ1世の死後も、皇太后として絶対的な権力を持ち続ける
- 唯一の息子ジュダを皇帝の座につけることに執着し続ける
- 水を操る強い魔力を持ち、人を洗脳する「黒い水」、媚薬のような「バラ色の水」、毒にもなる「白い水」を使いこなす
- 側室時代からの側近ウルヒ・シャルマとともに、長年ユーリとカイルを苦しめる
- 物語終盤、皇太后の地位を剥奪され、流刑となる
政略結婚という言葉だけを見れば、当時の王族の女性としては珍しくない境遇です。
ですが、ナキアが特別だったのは、その境遇に甘んじなかったことでした。
側室として送り込まれ、貴族の娘より低い扱いを受けていた彼女は、前皇妃を暗殺してまで皇妃の座に昇りつめます。
そしてその後も、権力を手放すことなく握り続けました。
太陽女神の大神官という宗教的な権威と、水を操る魔力という実力。
その両方を兼ね備えていたからこそ、彼女はヒッタイト帝国の中でも誰も逆らえない存在になっていったのだと思います。
けれど、これはあくまで「何をした人物か」という外側の情報にすぎません。
彼女がどんな考え方で、どんな過去を背負ってここまで来たのかは、物語を追っていくうちに少しずつ見えてきます。
人物相関図

消えない恐怖の始まり|「最高のいけにえ」と言い放った女
ヒッタイト帝国の皇太后でありながら、自分の息子ジュダを帝位につけるためなら、暗殺も謀略もためらわない。
読者にとっては、ユーリとカイルの幸せを何度も引き裂こうとする、物語最大の壁のような存在です。
彼女がどんな人物なのかを本当の意味で知るには、まず彼女がこの物語にどう登場したのかを振り返る必要があります。
「皇帝陛下はもうご高齢 わたしはその跡を息子に継がせたい だが わが皇子は皇帝の末の皇子 皇太子となるには 上の皇子たちに死んでもらわねばならぬ だから彼らを呪い殺す形代としてわたしには いけにえの血が必要なのだ わたしはいけにえを賜れと神に祈った どこの国の者でもかまわぬ 最高のいけにえをと願い おまえが現れたのだ」
日本の中学生だったユーリを、水たまりから古代ヒッタイトへ引きずり込んだ張本人がナキアでした。
わけもわからず怯えるユーリに向かって、彼女はこの動機を一息に語ります。
この台詞の恐ろしさは、脅し文句として言っているのではなく、事実をただ淡々と説明している点にあります。
悪意に酔っているわけでも、興奮しているわけでもない。
自分の目的のためにユーリの命が必要だという、それだけの理屈です。
このあと、大神殿での儀式に向かう場面でも、ナキアは同じ温度感を崩しません。
「貢物を受けとり どうかわが願いを かなえたまえ」
儀式の言葉としては普通の祈りですが、この時にっこりと浮かべた笑みが、読んでいて一番ぞっとしました。
皇帝や皇太子、カイルまでもが同席する公の場で、誰にも気づかれずに悪だくみを進められることへの安堵と愉悦。
物語の入り口で読者に刻まれるのは、この「静かな恐ろしさ」です。
ここから先、ナキアは何度もユーリとカイルの前に立ちはだかります。
ですが、なぜここまで執念深く動き続けるのか。
その理由は、この時点ではまだ誰にも語られていません。

消えない執念の正体|「あきらめはしない」の裏にあるもの
ナキアは物語を通して、何度も同じ言葉を口にします。
「わたしは――――… わたしは我が皇子を帝位に就けることを あきらめはしない‼」
エジプトへ婿入りさせるはずだったカイルの代わりに、ザナンザが選ばれてしまった場面。
ジュダを帝位につけるための計画がまたひとつ崩れたときに、ナキアが吐き捨てた言葉です。
この台詞、実はこの巻だけのものではありません。
似た言葉が、形を変えて物語のあちこちに登場します。
計画が失敗するたびに、誰かに阻まれるたびに、ナキアは同じ執念を繰り返し口にするのです。
一度や二度ではなく、何度も。
これだけ繰り返される執念を前にすると、単なる野心という言葉では片づけられない何かを感じます。
その理由が少しだけ見えてくるのが、物語も終盤に差しかかった16巻です。
バビロニアから来た弟トゥルグに詰め寄られたナキアは、自分がここまで生き延びてきた理由をこう語ります。
「自分で立たなければ つぶされる 自分で泳がなければ 流される」
15歳で政略結婚のためにヒッタイトへ送られたとき、ナキアは何も持っていませんでした。
夫となる皇帝にはすでに多くの妃がおり、最高位には民衆の支持も厚い皇妃ヒンティがいる。
皇太子もすでに決まっていて、期待された皇子たちも大勢いました。
そんな中に、後ろ盾もない側室としてひとり放り込まれたのがナキアです。

え、じゃあナキアって最初から野心家だったわけじゃないの?

たぶん違うと思う。
この台詞の後、彼女は続けてこう言うの。
「わたしは自分の力で 皇妃(タワナアンナ)にまで昇りつめたのだ」って。

それってつまり…

誰も助けてくれなかったから、自分でやるしかなかった、ってことなんだと思う。
この言葉のすぐ後、ナキアはさらに衝撃的な事実を口にします。
前皇妃ヒンティの死も、先帝アルヌワンダ2世の暗殺も、すべて自分の手によるものだと。
「今のわたしを造ったのは 運でも神でもない このわたし自身だ!」
トゥルグは震え上がりますが、ナキアはひるみません。
運や偶然で今の地位を得たのではない。
誰も守ってくれなかった場所で、自分の意志と手だけで、ここまで生き延びてきた。
この二つの言葉を並べると、ナキアという人物の輪郭がはっきりしてきます。
彼女は最初から悪意の塊だったわけではありません。
守ってくれる人が誰もいない場所に放り込まれ、生き延びるための唯一の方法として、自分の力だけを頼りにするようになった。
その結果が、暗殺であり、謀略であり、「あきらめはしない」という執念だったのです。
同情できる話ではありません。許されることではないでしょう。
ただ、この執念がどこから来ているのかを知ると、最初の章で感じた「静かな恐ろしさ」の見え方が、少しだけ変わってきます。
彼女がここまで手放さなかったものが、もうひとつあります。
誰にも見せなかった、ある人との関係です。

ナキアとウルヒの名言|誰にも見せなかった、想いの正体
ナキアの側には、いつもウルヒがいました。
暗殺の実行役として、謀略の相談相手として、彼女がどんな無茶な指示を出しても、ウルヒは黙って従い続けます。
皇太后と側近。物語の中では、ずっとそう見えていた関係です。
けれど26巻、ウルヒが自分の身の潔白を証明するために服を脱ぎ捨てた場面で、この関係の見え方が一変します。
ウルヒは宦官でした。子を成すことができない身体だったのです。
その事実が明かされた後、回想として描かれるのが、ふたりの本当の始まりでした。

え、そういう理由だったんだ…じゃあ、ずっと側にいたのって…

うん。何もできないとわかってて、それでも側にいたんだと思う。
15歳で嫁いできたばかりのナキアと、同じく15歳の下級神官だったウルヒ。
北の国から売られてきた王女と、隣国に滅ぼされた国の生き残り。
互いの素性を知らないまま、宮廷の片隅ですれ違うだけの日々が続きます。
その関係が動いたのは、ナキアがある夜、ウルヒの前に大量の宝石を持って現れた時でした。
「わたしは… わたしはおまえの子なら産める おまえと暮らせるなら 王家の身分も側室の地位も みんな捨てる‼」
皇帝の子を産みたくない。
故国のために犠牲になるのはまっぴらだ。
そう言い放ったナキアが、唯一「自分から差し出したい」と思ったのが、身分でも権力でもなく、ウルヒとの暮らしでした。
物語の中で、ナキアはずっと何かを奪う側の人間として描かれています。
ユーリの命を狙い、皇子たちを陥れ、帝国を裏切る。
けれどこの場面だけは違います。
彼女が自分から差し出そうとしたのは、これが最初で最後でした。
ウルヒはこの申し出を断ります。
理由は、自分が宦官であり、彼女に子も、女性としての幸福も与えられないから。
その答えを、ナキアはどんな顔で聞いたのでしょうか。
この後の彼女の生き方を思うと、胸が締めつけられます。
この時に交わした約束のようなものが、実はもうひとつあります。
彼女がウルヒを守るために取った行動です。
11巻、ウルスラの証言によってウルヒの悪事が明るみに出た時、ナキアは迷わずこう発表します。
「皇太后宮の兵がアリンナで 暴動を起こしたのは 遺憾ながら私の知らぬこと 宮付きの神官 ウルヒ・シャルマが一存で おこなったことと思われる」
すべての罪をウルヒひとりに背負わせ、自分は保身に回る。
愛していたはずの相手を、あっさり切り捨てる冷酷さ。
ここだけを見れば、やはりナキアは自分のことしか考えない人間だと思うかもしれません。
けれど、ウルヒはこの後も、崖から身を投げてまでナキアを守り続けます。
裏切られたはずなのに、それでも彼女のために動き続けたのです。
<この証言に至るまでの経緯は、ウルスラ自身の記事で詳しく触れています。>

このねじれた関係が、物語の終盤でひとつの答えを迎えます。
26巻、ナキアの罪を証言するよう追い詰められたウルヒは、隙をついてナキアを人質に取り、自ら命を絶ちます。
「ナキアさま できるなら 初めてお会いした場所からやり直せれば……と思います」
と耳打ちし、初めて彼女を背中から抱きしめて。
「(なぜ――――… なぜこんな時に初めてわたしに触れる――――‼)」
15歳で出会ってから、その日まで一度も触れ合うことのなかったふたりです。
ウルヒの死の間際、初めての抱擁が、最後の抱擁になりました。
宝石を差し出した夜に断られた手を、ウルヒは死ぬときにようやく伸ばしてきた。
なぜ今なのか。
なぜもっと早くではなかったのか。
ナキアの心の叫びに、答えてくれる人はもういません。
息子への愛と、帝国への野心|分かちがたいふたつの想い
権力への執念だけでは、説明しきれないものがもうひとつあります。
息子ジュダへの想いです。
ジュダはずっと、母の道具として扱われ続けているように見えました。
皇太子候補に担ぎ上げられ、偽イシュタル騒動に利用され、皇帝暗殺の証言までさせられる。
ナキアにとってジュダは、帝位という目的を叶えるための手段でしかないのではないか。
読んでいて、そう感じた人も多いはずです。
けれど10巻、ある査問会の場面で、ナキアはジュダにこう語りかけます。
「国を治めるのは正論(きれいごと)だけではできぬと覚えておおき」
これは脅しでも、単なる利用でもありません。
自分がどうやってここまで生き延びてきたか、その処世術をそのまま息子に授けようとしている場面です。
歪んだ形ではあっても、これはナキアなりの教育でした。
彼女は自分が身をもって知った「この世界の厳しさ」を、息子にも同じように背負わせようとしていたのかもしれません。
それが正しい愛情の形だったとは言えません。
それでも、何も考えずに息子を利用していたわけではなかったことが、この一言から伝わってきます。

一方で、ナキアの野心が息子のためだけではなかったことを示す台詞もあります。
15巻、後宮に大勢の側室候補を集めたときの本音です。
「宮廷の半分などでは足りぬわ」
彼女自身が求めていたのは帝国のすべてでした。

これ、完全に自分の欲望だよね。ジュダのためって言ってたのに。

うん。たぶんこの二つは、ナキアの中では分かれてなかったんだと思う。

分かれてない、っていうのは?

息子を帝位につけることと、自分が権力を握り続けること。
この二つが、最初からひとつの同じ願いだったんじゃないかな。
そう考えると、27巻の、ある場面の意味が変わってきます。

ユーリを泉から異世界へ飛ばそうとする最後の企みが失敗し、ジュダに「これ以上あなたを放ってはおけない」と剣を向けられたときのことです。
ナキアは静かに目を閉じ、こう思い出します。
「(おまえがわたしに背くのか――――… あの小さかった おまえが――――…)」
この回想には、まだ幼く、可愛らしかった頃のジュダの姿が重なっていました。
権力の道具としてしか見ていなかったなら、この瞬間にこんな回想は浮かばなかったはずです。
息子への愛は、確かにありました。
ただそれは、彼女自身の野心と分かちがたく結びついたまま、最後まで純粋な形になることはありませんでした。
愛していたことと、利用していたこと。
そのどちらも、同時に本当だったのだと思います。
ナキアの最後(結末)を語る名言|流刑、そしてすべてが崩れた後に
物語も終盤、結婚式前日の儀式。
ヒッタイトとエジプト、二国間の戦いにも決着がつき、あとはユーリがタワナアンナとして立つのを待つばかりというところで、ナキアは最後の抵抗に出ます。
賓客に紛れて隠れていた彼女が、剣を手に飛び出し、カイルに斬りかかったのです。
誰かを操るのではなく、自分の手で。
その刃を身を挺して受け止めたのは、ユーリの副官として仕えてきたルサファでした。
ナキアに刺されたルサファは、その場で命を落とします。
皇太后の座を追われる直前になっても、彼女はまたひとり、ユーリの大切な人を奪っていきました。
その直後、ルサファの亡骸を前にしたジュダが、母に向かって剣を向けます。
「あなたは生きているかぎり この帝国(くに)の仇となる‼ あなたはなぜ わからないのです⁉ あなたの血でこの帝国(くに)を支配するのは無理です‼ 唯一あなたの血を継ぐぼくには その能力も その気もありません‼ 兄上が…皇帝陛下が お認めくださった皇位継承権第1位ですが ぼくは永久に放棄します‼」 ジュダ
母が積み重ねてきた企みのすべてを、息子自身の手で断ち切る。
ナキアが生涯をかけて追い求めてきた「息子の帝位」を、他でもないジュダが、自分の意志で手放しました。
長年、彼女の野心を実現するための駒として動かされてきたジュダが、初めて自分の言葉で母に線を引いたのです。
このときナキアが見せた反応は、それまでの彼女とは違うものでした。
「おまえの言う通りだ ジュダ 止めたければ その手でわたしを殺すがよい」
長年、あれほど執念深く抗い続けてきたナキアが、初めて抵抗をやめた瞬間でした。
そして迎えた元老院会議。
証拠も証言もすでに出揃った今、あとはナキアの処分を決めるだけです。
判決は、皇太后(タワナアンナ)の地位剥奪と、帝国東南の地カルケミシュへの流刑。
国政への関与も、流刑地から出ることも、生涯禁じられるという処分でした。
監視役に任じられたのは、他でもないジュダです。
極刑を望む声が大半を占める中、この処分を望んだのはカイルでした。
「わたしは自分の在位を楽に終えようとは思わぬ」。
皇太后の存在を、自らへの戒めとする。
そう語った上での判決でした。
<この判断に至るカイルの人物像は、カイルの名言記事でも紹介しています。>


極刑じゃなくて流刑なんだ。
カイル、優しいね。

優しいっていうより、たぶん一番厳しい罰なんだと思う。
ナキアにとっては、あんなに欲しかった帝国を手にできず、ずっと見続けろってことだもん。
すべてが決まった後、移送されるナキアに、ユーリが最後の言葉をかけます。
<この場面は、ユーリ自身の物語の締めくくりでもあります。>

「最後のうらみごとくらい聞いてやろうよ」
けれど返ってきたのは恨み言ではありませんでした。
ユーリの言葉を、ナキアはどんな気持ちで受け止めたのでしょうか。
物語はそれ以上を語らず、静かに二人の関係に幕を下ろします。
いけにえとして人を呼び寄せた女と、生贄にされかけた少女。
二人の間に横たわっていたのは、憎しみだけではなかったのかもしれません。
その百数十年後、ヒッタイト帝国が滅びた後も、カルケミシュを中心とした国家は生き延び続けたと伝えられています。
ナキアが流された地であり、ジュダが監視役として赴いた地でもあります。
なぜナキアの言葉は今も心に残るのか
ここまでナキアの名言を振り返ってきて、あらためて思うことがあります。
彼女は、この物語の中で誰よりも「わかりやすい悪役」であるはずでした。
息子のために暗殺を重ね、生贄を差し出させ、何人もの命を奪う。
同情の余地などない人物として描かれていても、おかしくなかったはずです。
でも実際に読み返してみると、そう簡単には片づけられません。
- 15歳で政略結婚のためにヒッタイトへ送られ、何も持たない側室として扱われた過去
- 「自分で立たなければつぶされる」という、彼女なりの生き抜き方
- 宝石と身分を差し出してまで求めた、ウルヒとの暮らし
- 幼かった頃のジュダを思い出す、あの一瞬の回想
ナキアの執念は、誰かを傷つける形でしか発露しませんでした。
それは事実です。
ヒンティの暗殺も、ウルスラを見捨てたことも、ルサファの命を奪ったことも、許されることではありません。
それでも、彼女が確かに愛した相手がいたことも、また事実でした。
私はこの結末を読み終えたとき、ナキアのことを少しだけ、かわいそうだと思ってしまいました。
同じように、エジプトの王太后ネフェルティティのことも。
二人とも、政略のために故郷を離れ、異国でのし上がるしかなかった女性です。
もちろん、それで彼女たちの罪が消えるわけではありません。
ただ、単純な悪役として切り捨ててしまうには、あまりにも多くのものを背負いすぎていたように思います。
ナキアの名言が今も心に残るのは、かっこいいからでも、共感できるからでもありません。
人間の中にある矛盾――愛することと、傷つけることが同時に起こりうるという事実を、これほどまっすぐに見せてくれるキャラクターは、そう多くないからだと思います。

まとめ
ナキアの言葉を、こうして順番に振り返ってみると、彼女がどれほど「ひとつの答え」に収まらない人物だったかがわかります。
「最高のいけにえを」と言い放った恐ろしさ。
「自分で立たなければつぶされる」という生き様。
ウルヒに宝石を差し出した夜の、彼女なりの愛情表現。
ジュダの小さかった頃を思い出す、母としての一瞬。
そして、流刑地へ向かう最後の背中。
そのどれもが、同じひとりの女性の中にありました。
ナキアは、悪役として記憶されるべき人物なのかもしれません。
実際、彼女がしたことの多くは許されるものではありませんでした。
それでも、政略の道具として送り込まれた側室が、自分の力だけで人生を切り開こうとしたこと。
その先で、確かに誰かを愛したこと。
そのすべてを知った上で、もう一度この物語を読み返すと、きっと違う景色が見えてくるはずです。
もし久しぶりに『天は赤い河のほとり』を手に取るなら、ぜひナキアの言葉にも耳を傾けてみてください。
憎むだけでは終われない、複雑な人間の姿がそこにあるはずです。
他キャラクターの記事もありますので、良かったらご覧ください。


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